第48話「療養型病院をさがすのは至難の業」 [入院記]

2013年12月後半

父の手術が無事に終わり、ホッとしたのも束の間。
今の病院は「治療型」なので、傷が完治し治療が済んだら
すぐに退院しなくてはいけません。

しかし片足を失った父は、もう介助者が支えても
立ち上がる事は不可能です。
そうなると、車いすにも乗れません。
なので自宅から透析の病院や、デイサービスに行くことが
不可能になるし、トイレの介助も出来ません。
また入院中に経管栄養を始めた為、自宅で食事を摂る事も
不可能になりました。

仮に寝たきりの状態の人を、自宅で看られるか?
病院では父をストレッチャーに移動させるのに
女性の看護師さんが4人がかりで持ち上げていました。
家では、常時それだけの手がありません。
しかも母は介護によって腰を痛めたままです。
家に連れ帰ったとしても、今度は家族が共倒れになります。

その上、入院した時点でデイサービスや透析の病院に
連絡をして、利用を一時止めてもらっていたのですが
デイサービスが「またお待ちしていますね」と、温かく
言って下さったのに対し、残念ながら透析病院の返答は
あまり友好的な物ではありませんでした。
電話を切った母は「もうあの病院には戻したくない。
迷惑がられて可哀想だ」と、しきりに気にかけていました。
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なので物理的にも、心境的にも、この時点が
自宅介護の限界でした。しかしそうなると、
今度は急いで転院先を見つけないといけません。
通常の病院は患者の怪我や病気を治して、社会に戻す
「治療型」ですが、長期入院を目的とした父の様な
患者の場合は「療養型」の病院に入る事になります。
しかしこの病院を探して、空きを見つけるまでが
なかなか難しいのが現状です。

そこで5月頃に一度相談をしに行った、病院内の
「医療連携室」を再び訪ねました。
ここは文字通り、各病院への連携作業を主として
行っている部署です。相談の末、父に合った病院探しや、
空き状況を調べたり、受け入れの手続きなども全て
ここが行ってくれました。今回担当になって下さったのは、
Iさんと言うベテランの女性の方。
私たちの話を聞いて、とても的確に様々な段取りを
整えてくださいました。
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病院探しは、例えばお金があったり、患者に特定の
持病がない場合は、選択肢も多く、探しやすいのですが
うちの場合は、まず「お金がない」。
次に「人工透析が受けられる設備がある」病院を希望し
更に「できるだけ家の周辺(近場)で」と、色々な条件下で
探した結果、選択肢は非常に限られてしまいました。

Iさんが言うには、父を受け入れてくれそうな病院は
私たちが住んでいる街では、たった1軒しかないとの事。
そこは5月に相談した際も進められた病院でしたが
「空きを待つのは1~2か月かかる」と言われました。
それでも早い方で、他の病院は「年単位で待つ」事も。
(なぜサイクルが早いかと言うと、それだけその病院には
重篤な患者さんが多いから、と言うのが理由でした)

また隣町にも1件あるが、そこは「最長で3か月だけ」しか
居られないと言われました。(療養型の場合、ほとんどの
病院が3か月間のみの受け入れなのです)

取りあえず、地元の病院を第一希望に、隣町の病院を
第二希望で申請しました。
しかしすぐに隣町の病院からは「ベッドに空きがない」と、
断りの連絡が入りました。

またそれ以外の病院も探しましたが、他はどこもかなり遠方でした。
「○○駅まで電車で行って、更にそこからバスに乗って、山の方に…」と
言った感じです。
まずは受け入れてもらう事が大前提だけど、でもあまりにも
遠い所だと、今度は家族が頻繁に通えません。
48話転院先探し.jpg


まさに祈る思いでの病院探しでしたが、幸い第一希望だった
地元の病院で急にベッドに空きが出たため、受け入れて
もらえる事になりました。しかも期限付きではなく、終身で。
これは家族にとって、非常にありがたい事でした。

後になって、少し落ち着いてから周囲を見渡すと
この病院選びでは、なかなか大変な思いをしている
ご家族が多い事がわかりました。
ある方は、隣の県のさらに外れの方の病院しか空きがなく
そこに親を預けているけれど、頻繁には見舞いに行けないので
近くの親戚に週1で面会をお願いしているとか。
「でもそれも、タダでとはいかないし大変です。
お宅は近場で見つかって良かったけれど、地元の
議員さんとかに相談したんですか?」と、そんな事も聞かれました。
(もちろん相談は一切しておらず、病院任せだったのですが)
それぐらい、近場で終身の病院を探すのは難しいのかもしれない。
48話議員さん.jpg

後日、実際にその病院に預けてからも、他の患者さんのご家族が
「3か月ごとに色々な病院を転々として、ようやくここに落ち着いた。
自宅からバスを乗り継いで、見舞いに来ている」とか
「自宅の周辺で受け入れ先がなくて、自転車と、電車と、バスを
乗り継いでここまで来ている」と、言う様な話も耳にしました。

なにはともあれ、近場で受け入れてくれる所が見つかって
家族としては本当に、一安心です。
年内はとりあえず今の病院にそのままいて、年明けすぐに
転院する事が決まりました。
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