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第51話「転院。介護タクシーを利用する」 [入院時のコツ]

2014年1月16日

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爽やかな冬晴れの朝でした。
8時前に病院に着いた私は、父の転院手続きに奔走します。
まず会計課に行って入院費を清算したり、入院証明書の発行を手続し
その後、担当看護婦さんから転院先の病院に渡すための
書類(画像データ含む)や、薬類の説明を受けました。

次いで8時半ごろに、あらかじめ予約を入れておいた
介護タクシー会社の運転手さんと合流。
運転手さんはやや年配の女性の方で、さっぱりとした
頼りがいのありそうな方でした。
お1人でストレッチャーと毛布を用意して、
病室に来て下さいました。

そして5~6名の看護師さんに支えられて、
父はストレッチャーに移され、その他にも同フロアに
勤務していた全ての看護師さん達に見送られて
2か月間お世話になった病院を後にしました。

担当医のI先生は、当日は仕事の関係で立ち会えないと
事前に連絡を受けていましたが、気が付くと廊下には
前の担当医だった(テンパっていた医者の卵の)Y先生が…。
所在なさげに廊下を何往復もしていたので、こちらから声をかけると
嬉しそうに笑いながら「今日退院だと伺ったので、ご挨拶しようかと思って」と
言われました。

そうですか。
色々と段取りが悪く、また不安な中で大変な事も多かったけれど
悪い先生じゃなかったのね、Y先生。
むしろまだお若いせいで、接し方が不慣れだったのかもしれません。
「経験を積まれて、良い先生になってね」と、心の中でそっと呟きます。
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そして看護チーフのHさん。
最後までストレッチャーに寄り添い、少し行く末を案じてか
心配そうな顔をされながらも「頑張ってね」と、父を力強く
見送って下さいました。
みなさん、色々助けていだだき、ありがとうございました。
心強い病院でした。

そして、初めて乗った介護タクシーは
「ストレッチャーが乗せられる、大型ワゴン車」と言う感じの
とてもシンプルな内装でした。
民間救急車よりも、うんとシンプルです。
運転席のすぐ後ろにも座る席はありましたが、
ストレッチャーの横にも簡易式の椅子があったので
私はそこに座る事にしました。

父は目が見えないので、恐らく道中は不安です。
そしてきっと、これが父の最後のドライブになるかもしれない
と思ったので、父が生まれた時から住み慣れた街を、
大きく横断するこのドライブで「今どこを通ったよ」とか
「家の近くだよ」と、ナビをしながらの転院となりました。
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運転手さんは気さくな方で、道中色々な話をして下さいました。
しかし私が「4年前の転院では、民間救急車に乗った」と言うと
「それは、変ですねぇ」と。
例えば酸素吸入だとか、点滴だとか、そういう特別な処置をしていない
患者さんが、わざわざ救急車を使うのは変ね、と言うのです。
「介護タクシーで対応できる範囲ですよ」と。

救急車の手配は病院の先生に勧められた話をすると
「うーん。病院の先生って、治療や病気のことは詳しいけれど
転院とか、そう言う、病院外の事に関しては、意外と
疎いんじゃないかしら」とも。
そうかな。だけど思い当たる節は、今回もありました。
担当医のI先生は「病院の救急車を出して転院させます」と言っていたし。
『病院だから先生の言い分は絶対正しい』と思って、鵜呑みにするのは
ちょっと違う場合があるかもしれない、と考えさせられる出来事でした。

ちなみに同じような距離で、民間救急車は3万円以上かかりましたが
介護タクシーは8800円ほど。
心付けを渡しても、一万円ちょっとです。比べると、うんと安い。
(タクシー会社によって、料金やサービスは若干異なりますが
私が今回調べた範囲では、どこもそんなに大差はなかったです)
早くから、この存在を知っていればと、正直悔やまれたけど
これもまた勉強かもしれません。

そうこうする内に、車は転院先のJ病院に到着。
大荷物を持つ私と、ストレッチャーで父を運ぶ運転手さんが
院内に入ると、なぜか少し待たされました。
その間、人気のないロビーをキョロキョロ見渡した運転手さんが
「綺麗になったわねぇ~」と、ポロリと一言。

えっ、うそ!?
いや、語弊があったら謝ります。
私はついつい先の大病院とここを、比べてしまうからいけないわ。
更に運転手さんは「うん、綺麗になったわよ。改修前は
『お化け屋敷』って言われていたんだもの。評判も…」と
どんどんオフレコな話題が出てくる、出てくる。

私を慰めようとして、世辞を言っているわけではなく
本音で綺麗だと褒めている様子です。
だとするとこの病院、昔はどれ程の物だったんだろう?
逆に気になります。
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そんな疑問がぐるぐる頭に渦巻く内に、ようやく奥の方から
大柄の介護士さんが、病院のストレッチャーを押して登場しました。
1人で。

一瞬、事態が理解できず、固まる運転手さんと私。
1人?…1人だけなの?他の人は!?
前の病院では大勢の看護師さんが、ストレッチャーに乗せてくれたので
私達は何もせずに見守っているだけでした。
でもこれは、さすがに私も運転手さんも、総出で手伝わないと
絶対無理よね。乗せ換えられないよね。

かくして不慣れながらも、3人で「せーの、よいしょー!」と
掛け声をかけながら、父をストレッチャーに移しました。
hitoridake100.jpg

しかし、この日時に到着と分かっていながら
これってありなのかしら?ここはそういうシステムなのかしら?
もしかしたら人手が足りないの?それとも私が甘えているの?
と言うか、介護タクシーの運転手さんって、これも仕事の内?
新たな疑問がぐるぐる頭を渦巻く中、運転手さんには最初に
心付けを渡しておいて良かった、とだけは思いました。

そんな一抹の不安を抱えながら、
療養型病院での日々が始まりました。
ところで療養型病院は「完全介護」の世界です。
なので「自宅から出て、病院任せになったのなら
この介護絵日記はここでおしまいだな」と、思った方も
いるかもしれませんが…それは大きな間違い。

ここからは第2章と言っても過言ではないほど
また新たな介護の側面が、たくさんたくさん出てきます。

でもその前に、介護生活も長くなったので
次回はわかりやすくイラスト年表を作成し、
一度改めて今までの「在宅介護の経緯」を
お伝えできたらと思います。
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